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福山雅治

福山 雅治(ふくやま まさはる、1969年2月6日 - )は、日本のシンガーソングライター、ラジオパーソナリティ、ラジオDJ、俳優、音楽プロデューサー、写真家、長崎ふるさと大使。長崎県長崎市出身。所属事務所は、アミューズ。所属レコード会社は、ユニバーサルミュージック。公式ファンクラブの名称は、“BROS.”。血液型 O型。身長180cm。体重71kg。靴のサイズ27.5cm。

* 1969年 長崎県長崎市で誕生。
* 私立宝珠幼稚園、長崎市立稲佐小学校、長崎市立淵中学校、長崎県立長崎工業高等学校卒業。
* 1987年 高校卒業後、4か月間の地元でのサラリーマン生活を経て、18歳で上京する。当時は、昭島市緑町に在住し、福生の横田基地の近くにある材木屋でバイトをしていた。

当時の愛車は、いすゞ・ジェミニ。アルバイト先の木材屋付近の交差点でドリフト失敗し、縁石に激突。縁石には、まだ、当時の傷が残存すると、福山雅治本人が言っている。

* 1988年 “アミューズ・10ムービーズオーディション”に合格し、映画『ほんの5g』で俳優 デビュー。8月15日、新宿のライブハウスで、東京での初ライブ。観客はゼロだった。
* 1990年 シングル『追憶の雨の中』で歌手デビュー。当時のキャッチフレーズは、“イナカモン、バイ。”。
* 1991年 TBS系ドラマ『あしたがあるから』でテレビドラマデビュー。
* 1993年 フジテレビ系ドラマ『ひとつ屋根の下』で人気に火がつき、歌手としてもブレイク。
* 1993年 シングル『MELODY』で第44回NHK紅白歌合戦に初出場。尚、この回が唯一の紅白出場である。
* 1995年 フジテレビ系ドラマ『いつかまた逢える』でドラマ初主演。
* 1996?1997年 活動休止。
* 2000年のシドニー五輪、2004年のアテネ五輪、2008年の北京五輪でテレビ朝日のオフィシャルカメラマンとして活躍。
* 2008年 出身地の長崎県長崎市の魅力を内外に発信する「長崎ふるさと大使」に就任。
* 2008年 『容疑者Xの献身』を全国ロードショーする前の10月1日に、長崎市のTOHOシネマズ長崎で柴咲コウと一緒に全スクリーンを使い、先行上映会と舞台挨拶を実施。
* 2009年8月9日に放送されたTOKYO FM系列のラジオ番組で、長崎原爆被爆者二世である事を告白。[1]

生い立ち

* 出生時の体重は4000g強の巨大児であった。
* 幼稚園の頃は、女の子に声をかけられただけで泣き出すほど内気だった。
* 小学生の頃、空手を習っていたため腕っ節が強く、友達と一緒になって他のクラスの子と喧嘩したり、授業中に友達と2人で失踪するなどして、よく先生に怒られていた。4年生の頃、地元のソフトボールチームに入団。エースピッチャーとして活躍するが、右肩を故障してしまう。家計が苦しかったため、5,6年生の頃から新聞配達のアルバイトをしていた。
* 小学6年生のころ、水泳教室に行っていた。しかし、やる気がなくてすぐやめてしまった。
* 子供の頃は今のようなシンガーソングライターとしての成功は無理だと思い、音楽の先生になりたかったらしいが家庭の状況(金銭面)から断念した[2]。
* 父親が被爆者なので、自身は被爆二世であると発言したことがある。2009年8月9日の『福山雅治のSUZUKI TALKING F.M.』ではその日が長崎原爆の日であることからこの事に触れ、「父親はもろに被爆した。母親も厳密に言えば被爆していることになり、僕は被爆2世ということになる」と語っている[3]。
* 中学生の頃、サッカー部に入部しようと思っていたが、兄から吹奏楽部に誘われ入部。ホルンを担当し、部長も務めた。
兄の影響でギターを弾き始め、2年生の頃、友人とバンドを結成。卒業式前日に、学校の体育館にて最初で最後のライブを行う。
それとは別に、兄ともバンド“LAR”を組んで、THE MODS、A.R.B.などのコピーをしていた(兄はドラム、福山はギター)。当時、高校に進学する気はなく、卒業したら東京に行くつもりであったが、まわりがみんな高校に進学をするということに気がつき、長崎工業高校に進学する。ちなみに高校のときは茶道部に所属していた。入った理由は『お菓子が食べられるから』。[4]。

* 高校に入学するも、男臭さに嫌気がさし、毎日辞めることばかり考えていた。退学になるために暴力行為をはたらくも退学にならなかったため、ある日の朝、学校に行かず布団の中にいると、枕元で母親に泣かれたこともあったという。
近くの女子校でファンクラブが作られるほど人気があり、バスで学校に通っていたため“バス停の君”と呼ばれていたという。
* 浜田省吾、サンハウス、THE MODS、A.R.B.、SION、ブルース・スプリングスティーン らの影響を受けた。デビューアルバム『伝言』は、福山本人の希望もあって、A.R.B.のギタリスト白浜久のバックアップを得て制作されている。また、SIONに関しては、「SORRY BABY」をカバーしたり、シングル『たまには自分を褒めてやろう』で共演するなどしている。
* 学生時代からラジオを愛聴していた。『プレゼントアワー』という、長崎のローカルAM放送局NBCラジオが日曜深夜に放送していた番組のリスナーだった。在学校名や実名をあげて個人の情報を依頼・提供し合うというコーナーがあり、自分の名前があがらないかと毎週楽しみに聴いていたが、結局高校を卒業するまで名前が読み上げられることはなかった。
* 高校卒業後、父親が他界しており、兄も自衛隊に入隊していたため、母親をひとり残して東京に行くことができず、就職することになる。自宅から徒歩5分で、学科試験がないという理由で、電機会社の営業職に就くが、仕事に身が入らず、営業で会社を出ると、海岸に車をとめて毎日文化放送の『吉田照美のやる気MANMAN!』を聴いていたという。
就職して数ヶ月後、音楽への未練が断ち切れず、1987年8月31日付けで会社を辞めて上京することを決意。初任給で購入した400ccのバイクを売却し、20万円を手にする。
会社を辞めた日、母親に、会社を辞めて東京に行くことを伝えると、あっさり承諾された(実は、母親は福山が辞表を書いていたことを知っていたため、あっさり承諾したのだという)。
* 1987年9月の夕方、上京する時に会社の先輩、高校時代の同級生、当時の彼女が長崎駅に見送りにやってきた。上京する本当の目的を周囲の人間に恥ずかしくて言えなかったので、古着屋になると言って出て来たという。長崎駅から寝台に乗って上京。当時福山は、20万円で半年間生活出来ると思っていたらしい。
* 同じ誕生日、同じ血液型で高校の3年間同じクラスだった同級生が先に上京していたため、上京の一週間前に連絡を入れ、同級生の家に居候させてもらう。ピザ屋の配達、日雇いの運送屋のアルバイトを経て、近所の材木屋に勤め、ようやく生活が落ち着く。
1988年秋、その当時、たまたま見ていたテレビ番組「美少女学園」の中で、“アミューズ10ムービーズオーディション”の告知を見て、俳優志望ではないのにもかかわらず、オーディションを受けることを決意、居候先の同級生に写真を撮ってもらい応募する。電話もなかったので、アミューズからの連絡はすべて、大家さんを通して郵便物がくるようになっていたという。
オーディションの面接で、特技を聞かれた際、「材木担ぎ」と答え、泉谷しげるの「春夏秋冬」をギターの弾き語りで披露する。最終選考の詳細を告げる連絡がなかなか来なかったため、落選したと思い、落ち込んだ福山は最終選考のある日、気分転換に車でドライブへ出かけるが、16号線のど真ん中で車のマフラーが落ちてしまい、家へ引き返す。自宅前でマフラーを取り付けているときにアミューズから「至急連絡されたし」の電報が届き、急いでオーディション会場へ向かい「春夏秋冬」を弾き語りし、見事合格する。
* オーディション合格後、養成契約期間ということで一年間に3万円という給料を提示される。都心に引っ越さなければならなかったため材木屋のアルバイトを辞める。この材木屋は強く思い出に残っているようで、現在でもラジオで話すことがある。

現在

端正なルックスから女性に圧倒的な人気を誇る。女性の好きな有名人アンケートにおいて必ずといっていいほど上位にランクされている。また、an・anの好きな男ランキングにおいては2008年の時点で10年連続2位を獲得しており(木村拓哉が15年連続1位)、毎年自身のラジオ番組でも取り上げている。下着メーカー「トリンプ・インターナショナル・ジャパン株式会社」が2005年に行った「ホワイトデーに関するアンケート」で「ホワイトデーに下着を贈られたい男性有名人は?」という質問で第1位、また「自分の下着を一緒に買いに行きたい男性有名人は?」という質問で第3位に選ばれた。島田紳助は「日本の女性は福山雅治に支配されている」と評している[5]。

大のバイク好きとして知られ、『福山エンヂニヤリング』の番組内でホンダ・ドリームCB400FOURを購入し、テリー伊藤や伊藤英明と一緒にツーリングへ行くなどしており、バイクチーム“有楽町crazy horse”を私設している。
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