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安室奈美恵 裏芸能

安室 奈美恵(あむろ なみえ、本名同じ、1977年9月20日 - )は、日本の女性歌手。沖縄県那覇市出身。所属事務所はヴィジョンファクトリー。身長158cm。体重40kg。血液型O型。乙女座。

?1992: アクターズスクール時代

ともに琉球系の両親を持つ母親のもとに三姉弟の次女として生まれた。幼少の頃にジャネット・ジャクソンの影響を受け、歌とダンスのレッスンを本格的に学ぶため小4の時に沖縄アクターズスクールへ入校。初めて訪れた時は金額を聞き入校を断念したが、マキノ正幸校長に見込まれ、異例の特待生待遇で入校することになり、片道1時間半の距離を徒歩で週3日通う日々を経る。当時、日本テレビ系バラエティ番組『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』に、沖縄の空手少女として出演したこともあった。元スーパーモンキーズのメンバーでMAXのメンバーの宮内玲奈(Reina)とは同級生で同じ中学校に通っていた。その後、中学生の時に上京し、5人組グループ・スーパーモンキーズのメンバーとして1992年9月にデビュー。センターヴォーカルを務める。

1992?: スーパーモンキーズ時代

デビュー当初は、各メディアで積極的にプロモーションを行うがヒット作には恵まれずにいた。1993年4月からは、NHK音楽番組『ポップジャム』のPJG(ポップ・ジャム・ガールズ)としてのレギュラー出演や、フジテレビ系子供番組『ポンキッキーズ』にレギュラー出演。共演した鈴木蘭々とデュオ・シスターラビッツを結成し、童謡メドレーのリリースや、大晦日には『第44回NHK紅白歌合戦』に森口博子のバックダンサーとして出演した。

1994年7月にリリースしたシングル「PARADISE TRAIN」から、安室によるリーダー体制“安室奈美恵 with SUPER MONKEY'S”に名義を変え、翌1995年1月にリリースしたシングル「TRY ME ?私を信じて?」がスマッシュヒットとなりブレイク。ユーロビートのカバーで初期ヒットを生み出す。4月から日本テレビ系音楽バラエティ『THE夜もヒッパレ』にレギュラー出演。同月発売したシングル「太陽のSEASON」からクレジットが単独名義となり、ソロデビュー作となる。同曲発売イベントを日比谷野外音楽堂で開催。8月にはavex dance Matrix '95 TK DANCE CAMPに出演し、小室哲哉によるプロデュース曲「Body Feels EXIT」を初披露した。小室との出会いは1993年にさかのぼり、当時まだ無名だった安室が出演していたロッテ『マスカットガム』のCMを見た小室がアプローチをかけたことがきっかけである(TKプロデュースの土台はこの頃から出来ていた)。そして、MAX松浦との出会いで話が具体化し、同年10月に東芝EMIからエイベックスへ移籍。小室がプロデュースを担当する。同月、スーパーモンキーズの曲をまとめたファーストアルバム『DANCE TRACKS VOL. 1』を東芝EMIよりリリース。初のオリコンチャート首位を獲得し、オリコン及び出荷ベースで初のミリオンセラーを記録した。翌週には小室プロデュース第1弾シングル「Body Feels EXIT」をリリースし、シングルでは出荷ベースで初のミリオンセラーを記録した。12月には初のドラマ主題歌「Chase the Chance」をリリースし、シングルでは初のオリコンチャート首位、オリコンでのミリオンセラーを記録した。同曲で『第45回NHK紅白歌合戦』に初出場。同日、『第37回日本レコード大賞』に初めてノミネートされ、「TRY ME ?私を信じて?」で優秀作品賞を受賞。

1995?: 小室哲哉プロデュース時代

1996年には、シングル「Don't wanna cry」「You're my sunshine」「a walk in the park」とミリオンセラーを連発し、アルバム『SWEET 19 BLUES』はトリプルミリオンを突破するなど、若者のファッションリーダーとなり、真似する女性を指した“アムラー”(茶髪ロングヘアー・ミニスカート・細眉・厚底ブーツなど)はこの年の流行語になった。また、10代の歌手としての記録も次々と塗り替え、『SWEET 19 BLUES』は出荷350万枚と当時の過去最高記録を達成。8月には女性アーティストでは史上最年少記録(当時18歳)でのスタジアム公演SUMMER PRESENTS '96 AMURO NAMIE with SUPER MONKEY'Sを開催。『第38回日本レコード大賞』では史上最年少記録(当時19歳)で大賞を初受賞した[1]。また同年、初の日本武道館公演を含むコンサートツアーmistio presents AMURO NAMIE with SUPER MONKEY'S TOUR '96(8万人動員)の開催や、夏には東映系映画『That's カンニング! 史上最大の作戦?』に初主演(山口達也とダブル主演)。初の写真集『#19770920』も発売した。自身が学んだ沖縄アクターズスクールも注目を集め、沖縄出身アーティストの先駆けとなるなど、その人気は社会現象となった。

1997年には、2月にリリースした「CAN YOU CELEBRATE?」がダブルミリオンを突破し、オリコン年間シングルチャート首位を獲得。同時に、邦楽女性ソロアーティスト歴代1位のシングル売上を記録した(2009年現在もこの記録は破られていない)。3月には第11回日本ゴールドディスク大賞で邦楽部門大賞を初受賞し、5月までライブツアーNamie Amuro tour 1997 a walk in the parkを開催(12万人動員)。4月にはプロ野球の開幕戦・巨人対ヤクルト戦(東京ドーム)の始球式に登板。5月には台湾で開催されたTK PAN-PACIFIC TOUR '97 IN TAIPEIに出演。同月、10枚目のシングル「How to be a Girl」をリリースし、6月にはソロ名義でのシングル総売上が史上最速記録(2年1ヶ月)で1,000万枚を突破した。7月には3枚目のアルバム『Concentration 20』をリリースし、アルバムを引っさげて初の4大ドームツアーmistio presents namie amuro SUMMER STAGE 1997 Concentration 20(東京ドーム・ナゴヤドーム・大阪ドーム・福岡ドーム)を開催(30万人動員)。8月には10代の歌手としては史上初のシングル・アルバム総売上げ2,000万枚突破を達成した。

同10月22日、TRFのダンサー・SAMとの結婚を発表(当時20歳)。妊娠3ヶ月であることも明らかにした。翌月、シングル「Dreaming I was dreaming」をリリース。『第39回日本レコード大賞』では「CAN YOU CELEBRATE?」で大賞を2年連続受賞[2]。同日の『第48回NHK紅白歌合戦』では3回目の出場にして初の紅組トリを務めた。翌1998年は出産のため1年間の産休に入り、育児に専念。この間にベストアルバム『181920』をリリース。同5月19日、長男を出産。12月には復帰シングル「I HAVE NEVER SEEN」をリリース。『第49回NHK紅白歌合戦』では1年ぶりに公の前に登場し、2年連続で「CAN YOU CELEBRATE?」を歌唱した。

復帰後の1999年、シングル「RESPECT the POWER OF LOVE」の発売日であった3月17日に、実母が義弟(安室の叔父)に殺害されるという悲劇に見舞われた。後に「この時期、真剣に引退を考えていた」と自身の公式HPでコメントしている。8月には『Final Summer Dream Stage』(千葉マリンスタジアム)に出演し、2年ぶりにステージ復帰。9月にはダラス・オースティンのプロデュースによるシングル「SOMETHING 'BOUT THE KISS」をリリース。同曲で第32回全日本有線放送大賞吉田正賞を受賞。『第50回NHK紅白歌合戦』では「RESPECT the POWER OF LOVE」をゴスペル・バージョンで歌唱した。

2000年1月、小室・ダラスの共同プロデュースによるアルバム『GENIUS 2000』をリリースし、アルバムを引っさげて復帰後初のライブツアーNAMIE AMURO TOUR GENIUS 2000を開催。5月にはハワイで初の海外単独公演安室奈美恵 Live In Hawaii "Big Wave Honolulu"を開催した。7月には九州・沖縄サミットのイメージソング「NEVER END」をリリース。サミット歓迎会では各国首脳の前で同曲を披露した。同月、“那覇市民栄誉賞”を受賞。12月には5枚目のアルバム『break the rules』をリリース。『第51回NHK紅白歌合戦』では「NEVER END」を歌唱した。

2001?: SUITE CHICとしての活動を開始

2001年1月に発売したリカット・シングル「think of me/no more tears」を最後に小室プロデュースを離れる。以降は、R&B・HIP HOP志向の曲をリリースし、今井了介・ZEEBRA・VERBALらとのスペシャルプロジェクト・SUITE CHIC(スイート・シーク)に参加したり、ダラス・オースティンによるプロデュース、自らの作詞など新たな一面を示す。3?5月には『break the rules』を引っさげて、ライブツアーnamie amuro tour 2001 break the rulesを開催(DVDは2003年に発売)。7月には沖縄の野外ライブイベント『MUSIC FEST PEACE OF RYUKYU』に出演。8月には20枚目のシングル「Say the word」をリリース、シングル曲では自身初の作詞を担当した。10?11月にはファンクラブ主催によるFC限定ライブハウスツアーnamie amuro tour "AmR" 01を開催。12月からはSUITE CHICのヴォーカルとしての活動も開始。『第52回NHK紅白歌合戦』他、年末の音楽番組では「Say the word」をハウス・アレンジでパフォーマンスした。

2002年2月、ファンへ向けたメッセージ・バラード「I WILL」をリリース。5月には『MTV Video Music Awards Japan 2002』にパフォーミング・アーティストとして出演し、特別賞・Inspiration Award Japan(現在のミュージックシーンに多大な影響を与えた邦楽アーティストに贈られる賞)を受賞。同7月10日、SAMと離婚。当初、親権はSAMに渡ったが、養育権は安室が持ち、2005年には親権も移りシングルマザーとなる。同月、『MUSIC FEST PEACE OF RYUKYU 2002』に出演し、9月にリリースした映画『命』の主題歌「Wishing On The Same Star」を初披露した。同9月、『ASIA MUSIC FESTIVAL IN 上海』に出演。『第53回NHK紅白歌合戦』では「Wishing On The Same Star」を歌唱した。

2003年2月、SUITE CHICのアルバム『WHEN POP HITS THE FAN』が異例のセールスを記録し、『ミュージックステーションスペシャル』にSUITE CHICとして出演。AIとのコラボレーション曲「Uh Uh ,,,,,,」を歌唱した。5月には『MTV Video Music Awards Japan 2003』にプレゼンターとして出演し、SUITE CHICとしてBest Collaboration(最優秀コラボレーションビデオ賞)を受賞。ソロでは自身による選曲、アイデアなどセルフプロデュースを開始し、3枚のシングルをリリースした後、12月には6枚目のアルバム『STYLE』をリリース。11月からは翌年4月まで半年間に渡る長期開催となったライブツアーnamie amuro SO CRAZY tour featuring BEST singles 2003-2004を開催(13万5,000人動員)。9年連続出場となる『第52回NHK紅白歌合戦』では「SO CRAZY」を歌唱した(翌年は出場を辞退)。

2004年5月、台湾および韓国・ソウルで初のアジアツアーを成功させた(約3万6,000人動員)。以降リリースしているCDは日韓同時発売されている。同月、『MTV Video Music Awards Japan 2004』にパフォーミング・アーティストとして出演し、Best R&B Video(最優秀R&Bビデオ賞)、Best buzzAsia from Japan(最優秀buzzAsia賞)の2冠受賞。また、自身の憧れでもあるジャネット・ジャクソンがサプライズアーティストとして登場した際には、安室がプレゼンターとしてジャネットに特別賞を手渡し、ステージ上で2ショットが実現した。7月にはドラマ主題歌「ALL FOR YOU」をリリース。同月、再び来韓しソウルで開催された『MTV BuzzASIA Concert』に日本代表パフォーミング・アーティストとしてAIと出演、4曲披露した。8月にはFC限定ライブハウスツアー第2弾namie amuro tour "fan space '04-"を開催。10月には初の2形態シングル「GIRL TALK/the SPEED STAR」をリリース。

2005?: ソロデビュー10周年

2005年2月、タイ・バンコクで開催された『MTV Asia Aid』(『MTV Asia Awards 2005』がスマトラ島沖地震災害の復興支援を目的として開催)に、日本代表パフォーミング・アーティストとして出演し、「GIRL TALK」をパフォーマンス。3月には日本最大級のファッションイベント・神戸コレクションにシークレットゲストとして登場し、4月にリリースした「WANT ME, WANT ME」を初披露。5月には『MTV Video Music Awards Japan 2005』にパフォーミング・アーティストとして出演し、Best R&B Video(最優秀R&Bビデオ賞)(受賞曲「GIRL TALK」)、Most Impressivle Performing Artist In Asia(アジア最優秀パフォーミング・アーティスト賞)の2冠受賞。史上初の4年連続受賞の快挙を達成した。7月にはピンク・パンサーとコラボレートしたアルバム『Queen of Hip-Pop』をリリースし、アルバムを引っさげて9?12月までライブツアーSpace of Hip-Pop -namie amuro tour 2005-を開催。11月には自身初のクリスマスソング「White Light/Violet Sauce」をリリースした。

2006年、5月に自身初の邦楽カバー曲を収録した「CAN'T SLEEP, CAN'T EAT, I'M SICK/人魚」をリリース。8?11月には、1997年以来の大規模ツアーとなったアリーナツアーnamie amuro BEST tour -Live Style 2006-を開催(22万人動員)。翌2007年1月、ドラマ主題歌「Baby Don't Cry」をリリース。オリコン・シングルトップ10連続獲得年数記録を13年に更新し、女性アーティスト歴代1位の快挙を達成した(3つ目の記録保持)。同曲の着うたではミリオン認定を記録(90万ダウンロード)。3月にはm-floのアルバム『COSMICOLOR』に、m-flo loves 安室奈美恵として「Luvotomy」で参加。6月には8枚目のアルバム『PLAY』をリリースし、7年5ヶ月ぶりに首位を獲得した。アルバムを引っさげて、8月から翌年2月まで自身最多公演数となるライブツアーnamie amuro PLAY tour 2007-2008を開催(14万5,000人動員)。同8月には『MTV STUDENT AWARDS 2007』にパフォーミング・アーティストとして出演し、"STUDENT VOICE" RESPECT AWARD(学生から尊敬を集めるアーティストに贈られる賞)を受賞。9月には30歳の誕生日を迎えた。

2008年、『プレミアム ヴィダルサスーン』のイメージモデルを務め、パトリシア・フィールド(スタイリスト)、オーランド・ピタ(ヘアスタイリスト)と世界的クリエイター陣とのコラボレーションが実現し、3月にキャンペーンソング「60s 70s 80s」をリリース。登場2週目でシングルでは9年3ヶ月ぶり10作目の首位を獲得した。同月、『SPACE SHOWER Music Video Awards 08』のBEST FEMALE VIDEO(女性ソロ最優秀ビデオ)を『PLAY』のリード曲「Hide & Seek」で受賞。4月には台湾で4年ぶりとなるアジア公演を開催した。5月にはDOUBLEのアルバム『THE BEST COLLABORATIONS』に「BLACK DIAMOND」で参加、DOUBLE(TAKAKO)からのオファーによりコラボレーションが実現した。同月、『MTV Video Music Awards Japan 2008』にゲスト・セレブリティとして出演し、3年ぶりにBest R&B Videoを「Hide & Seek」で受賞。夏にはエイベックスの野外イベント『a-nation』に初出演し、自身の提案からトップバッターを担当した(全公演出演)。7月には新曲2曲を収録したベストアルバム『BEST FICTION』をリリース。10代・20代・30代をまたいで史上初の3年代連続ミリオンセラーを達成し、女性ソロアーティストとして28年半ぶりに6週連続首位を獲得した。アルバムを引っさげて10月から自身最大規模かつ女性ソロアーティスト史上最多動員数を記録したアリーナツアーnamie amuro BEST FICTION tour 2008-2009を開催(50万人動員)。

2009年3 月、『SPACE SHOWER Music Video Awards 09』でMVA09 BEST ARTIST(最もミュージックビデオ業界に貢献したアーティストに贈られる大賞)、BEST FEMALE VIDEOの2冠受賞。さらに5月に『MTV Video Music Awards Japan 2009』で4年ぶりに2冠受賞。6月には台湾公演、7月には上海で自身初となる中国公演を開催。
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